たとえばさ。何だっていいんだ。





明日行ったら顔見れるかもとか、ちっとばかし期待して行ったら、本当に会えたりとか。
その単なる偶然性に、意味も無く運命感じてみたりとか。
次は何となくお気に入りのパーカー羽織ってみたりとか。
普段は気にしない髪形を気にしてみたりとか。
何度もレジの前を通り過ぎてみたりとか。

別に知り合いなんかじゃない。
話したこともない。
相手は俺のことなんか、これっぽっちも知らないだろう。
ただ俺が、勝手に向こうを知っているだけだ。名札にある彼女の名前と、店に出てる大体の時間帯。

その二つを知るだけでも大分かかったし。
知ってからは、その時間になると、別に必要ないような物をやたらと買い込んだ。
わざわざピリカに、今夜の夕飯の材料で、足りない物はないのかとか、変なメールもした。

おまえが初めて笑いかけてくれた時も
おまえが初めて冗談を言ってくれた時も

他愛のないことでガキみたいに舞い上がった。ただ視線が合うだけで、とてつもなく嬉しかったんだ。





何だって良かったんだ。
繋がりが出来るなら。




















「――ごめんね、待たせちゃって! …寒かったでしょ」
「別に。てかおまえの方こそ抜けてきちまっていいのかよ。今の時間、混むんだろ」
「いいの。だって最近新人さん入ったし、店長も研修張り切ってるみたいだから」

そう笑いながら、が「はい」と白い包みを差し出した。

「寒い中待っててくれたホロホロ君に、ご褒美の肉まんです!」
「お、さんきゅー」

かじかんだ手には正直ありがたい。
すかさず受け取って、がさがさと包みを開けると、真っ白な饅頭が顔を出した。
うっすらと湯気が夜にとけていく。

「あれ? 一個しか入ってねえじゃん」
「うん。だってホロホロの分だし」
「おまえは食わねえのか?」
「私はさっきまでお店の中にいたから。それはあくまでホロホロに、だよ」

それにこの時間に食べたら、女の子は太ってしまうのだよ!と何故か胸を張る。

「あー、そういやおまえ、この間2kg太ったとか騒いでたもんな」
「何で言うの! 折角忘れてたのに!」
「いや忘れてたら駄目だろ」

からかうように言うと、顔を真っ赤にしてはそっぽを向いてしまった。

正直、つい数ヶ月前までは予想もしなかった。
こんなやりとりが、出来るなんて。


不意に、がくしゅんと小さくくしゃみをした。

「ったく…ほれ」
「え、え、いいよ! 大丈夫!」
「いいから食えって」
「…う……………あ、ありがとう…」

肉まんを半分に割って、片方を無理矢理押し付けてやる。
も最初は拒んだけど、俺の顔を見て渋々受け取り、その温度に目を細めた。

「あったかい…」
「冷たかったら売れねえだろ」
「…、っもー!」
「っと」

すかさず拳が飛んできたが、このやり取りにも大分慣れた。
ひょいと難なくかわしてやると、悔しそうにが頬を膨らませる。
…だがそれでも、肉まんを頬張ると、途端に口許が緩んだ。ああ、ものすごく幸せそうだな。

「…おいしい」
「太るけどな」
「っう…うるさーい!」

他愛のないじゃれ合いをしながら、俺たちはようやくその場から歩き始めた。

吐いた息が、ふわりと夜空へのぼっていく。
しかし肉まんのおかげか、顔は火照って熱い。
しばらく歩き続けると、隣からぽつりと呟きが聞こえた。

「…今日で何日目だっけ」
「二ヶ月ぐらいじゃね」
「もうそんななんだ」

まだ半月ぐらいしか経ってないような気がした、とが言った。
その声音から、顔を見なくても微かに照れ笑いというか、はにかんでいるのがわかる。

「月日が経つのは早いねー」
「まあなぁ…」

がしみじみと空を見上げる。
つられて俺も仰ぐ。
星が遠くで光っているのが見えた。

「…おまえ、良く俺のこと覚えてたよな」
「そりゃ覚えるよー。毎週毎週、同じような時間帯になると、同じような服着た子が、あれこれ一貫性のない物を大量に買っていくんだもん。あれは覚えない方がおかしい」
「…わりかったな」
「あはは」

そうか。もうあれから二ヶ月も経ったのか。
さっきの彼女の言葉を、ようやく意識する。

『…あ、いつもありがとうございます』

会計後の、何気ない笑顔に惹かれてから。





「ん」
「…何?」
「手」
「……?」
「いいから」

きょとん、と首を傾げる彼女の手を、無理矢理取る。
冷たい。
そりゃそうか。この気候だ。

…でも、少しだけ、

「おまえの手…湿ってる…」
「肉まん食べたからでしょ! そんな嫌そうな顔しないでよ!」

再び赤くなって、必死に詰め寄るに、「悪い悪い」と言いながら。
たぶん、来週も。
そのまた来週も。

同じ時間。同じ空気で。

俺と彼女は、こうやって一緒にいるんだと思う。
こうやって…

たまに拗ねたり、怒ったりしながら。
それでも最後は結局お互いに笑ったりとかして。
一緒にいるんだと、思うんだ。





胸がじわりと温かい。
さっき食べた肉まんとか、強引ながらも繋いだ手とか、要因は沢山あるけれど。

(…ああ、そうか)

心のどこかで、納得するような声が聞こえた。





「…なあ」
「ん?」
「新人のバイトって……男?」
「おんなのこだよ、もう」

やきもち?とにやにや顔を覗き込んでくるの頭を、「うるせ」と軽くはたいてやった。






これが 幸せ ってやつなのか